創作のつぼ 2

 線と明暗について   画家: 澤田俊一

然主義絵画における線と明暗

デッサンという言葉はパンチュールに対して使われるものである。すなわち油絵、水彩画、パステル画等の多色的効果を目指す技法に対し、木炭画、鉛筆画、ペン画等の単色的な技法をデッサンという。自然主義絵画が絵画の中心であった過去の時代では自然の模写がおもんじられ、明暗法によってモデリングするレンダリングが対象を非常に具体的にシンボル化し、心で見るとというよりも目で見るようになる表現に力点がおかれ、線はあまり重要視されなかった。

自然の外表の追求が退潮し模倣が重要視されなくなった今日では、量の幻覚を求めるよりも線の動きを求める。線は思想や感情の直接的な担い手である。線は三次元をサジェストできるが、それを見せることはできない。

ポール・クレーは線について次のように語っている。自然主義絵画の欠点は、絵画のなかに独立した線というものが存在しないことである、明暗や色彩のことなる色面の境界線の役割しか果たしていない。独立した線が現れるのは、色を使わず明暗の調子だけで描いた場合、明暗のヴァールが同じで、色が違う二つの面を区別する代用物として用いられるときだけである。

ゴッホの線、そして20世紀美術の実践
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ヴァン・ゴッホ「木立のなかの教会と人物」
インク・鉛筆、紙 (1884年) 

ヴァン・ゴッホの素描や油絵、アンソールの版画では、線が絵画の独立した要素になっていて自然主義をこえている。ここでは自然の印象は間接的にしか関わりをもたない。魂の訴えを大胆に造形できるのだ。何も見えない暗闇の中でも線に翻訳できる体験を記すことが可能だ。ここに新しい創造の道があることが分かっていたが、以前は孤立を怖れて踏み切れなかった、私の純枠な個性を言葉に表せる。そして偉大な自由を享受できるのだ。

ドイツ表現派、立体派に始まる20世紀絵画はその表現方法をすっかり変化させた。自然の模倣的再現よりも作家の自由と個性が重んじられるようになり、さきに紹介したクレーの言葉のように線が重要な役割を担うようになった。加えるに科学の発明から生まれた新素材によるアクリル絵の具は、油絵の具のもつ可塑性とともに水性の線性をも備えた絵の具である。線性とともに、油絵の具の重々しいローキーな性質に対し、水性素材の軽やかな性質が新しさを好む若人に好まれている。これは現代建築の影響もあって、この傾向を助長している。

 
中国の線描の伝統

自分の素描作品をデッサンと呼ばず、あえてドローイングと呼ぶ若い人がふえている。デッサンは石膏デッサンのように明暗を主体にしたものという印象を避けるため、線書という意味をもつ英語のドローイングを用いるのであろう。

中国ひいては日本では、線が重要視され明暗法は育たなかった。中国では古い時代にすでにインドから入った手法があって、ある寺の扁額に朱と緑で描かれた花形が遠くから見ると浮き彫りのように見えたが、近寄ると普通の絵であったので、人々は凹凸寺と呼んだそうである。唐代の初めにも西域やインドの画風が入って、画面が立体的に浮き上がって見え、人々を驚かせたという。しかし中国の人は「天理を得、妙解なりといえども筆跡みず、故にこれを絵といわず」と考えた。唐代では線描が重んじられ、色による立体画法を知っていたにもかかわらず、それが画檀の中心的位置を占めることが出来なかったのは事実のようである。時代が下って清の時代になると、今度はヨーロッパから遠近法と明暗法で描かれた絵が入ってきて、人を驚かせるようになるが、この場合にも清の鄙一桂という人が、「小山画譜」というもののなかで「但し、筆法全くなければ工なりといえども亦匠なり、故に画品に入らず」と言って、結局、筆法がないから工匠の仕事に過ぎず、絵として評価できないと述べている。

ますます重要になる線の役割

美術史学者の金原省吾氏は、中国では線描が主流で明暗法が育たなかった理由として、初めは絵の輪郭として受け身であった線が、線の鍛錬によって、線が面の行動という展開になっていったからといっている。つまり、東洋画では自然を静止の形で見るのではなく、行動の姿で観察する。だから山水画は、道を中心に構成し、その道を歩み進むにつれて開けてくる景観を順次描き重ねる、線のダイナミズムが根底にある。

一方、明暗法派は光に対して面を定位した状態を描くわけで、静止的であり視点を固定しないと描けない。考え方に根本的相違があって、中国では明暗法が育たなかったというのである。

東洋では、精神的教養のため絵画が求められ、心象的風景が好んで描かれたのにたいし、ヨーロッパでは人物画が主で、肖像画のような実利的なものも含まれていた。写真が発明されて以来、写実絵画は写真にその座を譲った。

現代では自然の模倣ではなく、人間の内面を描くことが目指されている。絵の様相も昔とすっかり様変わりしている。技法的には明暗法とともに、線の使用が重要な役目を担うようになっていると、私は考えている。

さわだ しゅんいち
1926年、京都生まれ。画家。民美所長(1992-95) 著書『自然と芸術のあいだ』ほか

参考図(澤田俊一の作品)